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東京高等裁判所 昭和54年(ツ)72号 判決 1980年8月12日

上告人

有限会社大島屋地所部

右代表者

佐久間栄三

右訴訟代理人

三枝基行

被上告人

山崎つまゑ

外四名

右被上告人ら訴訟代理人

丸山公夫

主文

原判決を破棄する。

本件を甲府地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人三枝基行の上告理由第一点の一ないし三について

論旨は、被上告人らの先代山﨑昌訓(以下、「昌訓」という。)は賃貸人ではないから、本件賃借権の無断譲渡を背信行為と認めるに足りない特段の事情の存在を主張し得ない旨を主張するものであるが、賃借権の譲受人もまたこの点を主張、立証することにより、右譲受をもつて賃貸人に対抗することができるものと解すべきである(最高三小昭和四四年二月一八日判、民集第二三巻第二号三七九頁参照)。論旨は独自の見解に立脚するもので、到底採用できない。

同第一点の四及び五について

論旨は、原審が認定したところの本件賃借権譲渡の前後を通じ本件土地の使用状況に実質的変更が生じていないとの事実は、昌訓の主張していない事実である旨を主張するものであるが、昌訓が第一審の第六回口頭弁論期日で陳述した昭和五三年一一月七日付準備書面には昌訓は昭和二九年ころより現在まで長期に本件土地を使用し、本件建物を所有している旨の記載があり、このことと昌訓は昭和四二年一一月二二日に貸借中の本件建物と本件土地の賃借権とを譲り受けた旨の主張を併せれば、昌訓は本件賃借権譲渡の前後を通じ本件土地が本件建物所有という同一の目的に供されている事実を主張しているのであつて、原審がこの事実を認定して本件土地の使用状況に実質的変更が生じていない旨を判断したことになんら違法はなく、論旨は理由がない。

同第一点の六ないし一二について

原審は、次の各事実を認定、挙示して、本件賃借権の譲渡には賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があると判示した。

一  本件賃借権の譲渡は、賃借人である訴外志村忠夫(以下、「訴外人」という。)がその地上に有する本件建物を右建物の賃借人である昌訓に譲渡したのに伴うもので、譲渡の前後を通じ本件土地の使用状況になんら実質的変更を生じていないこと

二  昌訓が譲渡を受けた賃借権の内容は、譲渡人である訴外人と上告人との間の賃貸借契約関係と同一であつて、訴外人においてなんらの中間利得も得ていないこと

三  昌訓に賃料の不払は認められず、譲渡人と譲受人とで賃料の支払等の実質関係になんら変動は認められないこと

四  上告人は不動産の賃貸を業とする会社であること

五  昭和五一年に至つて訴外人と上告人とで本件賃貸借契約を合意解除するに当たり、上告人において昌訓の営業が継続できるよう考慮することが前提条件とされたこと

しかしながら、右一は、借地上の建物の所有権譲渡に伴う借地権譲渡における通例の事態といつて妨げないし、訴外人と昌訓との間の契約が転貸ではなくて賃借権の譲渡である以上、右二のように譲渡の前後を通じ賃借権の内容が同一であることは当然であり、また本件賃借権の譲渡後の賃料の支払は、上告人に対し右譲渡を秘匿するため、訴外人名義でされたことは原審の認定するところであり、右訴外人名義による賃料の支払が右三のように従前どおり行われていたとしても、右は賃借人としての通例の義務履行に過ぎない。更に、右五の事実も、原審の認定するところによれば、上告人が本件賃借権譲渡の事実を知らないまま、訴外人に対し本件土地の明渡を交渉した際、訴外人の要請を受け、昌訓の営業が続行できるようにする旨を約したにとどまり、右は上告人において本件土地上に新しい建物を建てこれを昌訓に賃貸する等の方法をとることと解する余地もあるというのであり、右事実も本件譲渡行為の背信性の有無とは直接関係がないといわねばならない。そうしてみると、右各事実はこれらを個別的に見ればもちろん、これらと前記四の上告人が不動産賃貸業を営む事実とを総合しても、訴外人の本件譲渡行為につき背信性を認めるに足りない特段の事情とは到底いい難い。それのみならず、本件賃借権の譲渡がされたのは、「借地法等の一部を改正する法律」(昭和四一年法律第九三号)により新設された借地法第九条ノ二の施行後であり、借地上の建物の譲渡に伴う土地賃借権の譲渡につき賃貸人の承諾を求め、その承諾が得られなかつた場合には、同条の裁判を求め得る制度が設けられていたのに、訴外人は賃貸人たる上告人の承諾を得ようともしないまま、本件賃借権の譲渡をしたことは原判決の判示から明らかであり、それにもかかわらず、原判決には、その認定、挙示する前記各事実のみをもつて本件譲渡行為の背信性を阻却するに足る特段の事情があると判断すべき事情はなんら判示されていない。

してみれば、本件譲渡行為の背信性を阻却するに足る特段の事情があるとし、昌訓は本件賃借権の譲受けをもつて上告人に対抗できるとした原判決には、民法第六一二条の解釈、適用をあやまり、ひいては理由不備、審理不尽をきたした違法があるというべきで、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れず、本件は、右特段の事情の存否につき更に審理を尽させるため、原審に差し戻す必要がある。

よつて、その余の上告理由に対する判断を省略し、民事訴訟法第四〇七条第一項に従い、主文のとおり判決する。

(安藤覺 三好達 柴田保幸)

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